コラム

【健康講話 2026年9月】腰と上手につきあいながら働くために ― オフィスワーカーの腰痛予防とセルフケア ―

部屋で一人デスクに向かう女性の後ろ姿

「夕方になると腰が重いんです。」

「座りっぱなしの仕事なので、腰痛は仕方ないですよね。」

産業医の健康相談や何気ない会話の中でも、腰の不調が話題になることは少なくありません。

腰痛は、厚生労働省の2022年国民生活基礎調査でも、男女ともに自覚症状の第1位に挙げられている、とても身近な症状です。

特にオフィスワークでは、パソコンに集中するうちに、気づけば何時間も同じ姿勢のまま……ということも珍しくありません。

ただ、腰痛は単純に「姿勢が悪いから」「座りすぎだから」起こるものではありません。腰椎や筋肉への力学的な負担だけでなく、運動不足、生活習慣、睡眠、そして心理的ストレスなど、さまざまな要因が関係しています。

今月は、いつものセルフケアに少し医学的な知識も加えながら、腰痛がなぜ起こるのか、そしてオフィスで何ができるのかを考えてみたいと思います。

目次

座っているとき、腰では何が起きている?

「立っているより、座っている方が腰は楽ですよね」

そんなイメージがあるかもしれません。

ところが、腰椎への力学的な負担という視点では、必ずしもそうとは限りません。

古典的な椎間板内圧の研究では、立っているときを100%とすると、背もたれを使わない座位では約140%(約1.4倍)、さらに前かがみになると180~190%程度まで椎間板内圧が高くなるというデータが示されています。

もちろん、実際の椎間板内圧は座り方や背もたれの有無などによって変わるため、「座る=立つより必ず1.4倍」と単純に考えることはできません。

ここで知っておきたいのは、姿勢によって腰にかかる力は大きく変化するということです。

特に、パソコンの画面に顔を近づけるような前かがみ姿勢を長く続けると、腰椎だけでなく、腰や骨盤周囲の筋肉にも負担がかかります。筋肉の緊張が続き、局所の血流が低下すると、ブラジキニンなど痛みに関係する物質も関与して、痛みにつながることがあります。

だからこそ、目指したいのは「完璧な姿勢を保ち続けること」ではありません。

同じ場所に、同じ負担をかけ続けないこと。

これがオフィスワーカーの腰痛対策の基本です。

「正しい姿勢」より、腰に負担をためにくい環境を

一日中ひとつの「正しい姿勢」を守り続けることは現実的ではありません。それよりも、無理の少ない姿勢を取りやすいように、仕事をする環境を調整することが大切です。

厚生労働省の「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」では、

  • 椅子に深く腰をかけ、背もたれを使う
  • 足裏全体が床につくようにする
  • ディスプレイと目の距離をおおむね40cm以上確保する
  • 画面の上端を、目の高さより下にする
  • 極端な前かがみや、ねじれ姿勢を長時間続けない

ことなどが示されています。

ノートパソコンでは、画面とキーボードが一体になっているため、どうしても頭が前に出やすくなります。長時間使用する場合には、パソコンスタンドや外付けキーボード、外付けディスプレイなどを利用するのも一つの方法です。

こうして、仕事を人間の身体に合わせて調整する考え方を「エルゴノミクス(人間工学)」といいます。

高価な椅子を買うことよりも、まずは椅子・机・画面・キーボードと、自分の身体との位置関係を見直してみましょう。

1時間ごとに「3分リセット」

では、仕事中、実際に何をすればよいのでしょうか。

腰痛対策で大切なのは、長時間の同じ姿勢を細かく区切ることです。

前述のガイドラインでも、一連続作業時間が1時間を超えないようにし、その途中にも1~2分程度の小休止を取り入れることや、座位だけでなく、ときどき立位を交えて作業することが勧められています。

そこで、例えば1時間に一度、「3分リセット」を入れてみるのはいかがでしょうか。

  1. 背伸び 30秒

椅子に座ったまま、両手を上に伸ばして、縮こまった背中や肩をゆっくり伸ばします。

  1. ゆっくり身体を動かす 左右30秒ずつ

腰だけを無理にひねらず、胸や股関節も含めて、痛くない範囲で左右に身体を動かします。

  1. 立ち上がって腰を伸ばす 30秒~1分

両手を腰に当て、無理のない範囲でゆっくり身体を後ろへ伸ばします。前かがみ姿勢が続いた身体を、反対方向へ動かすイメージです。

残った時間で少し歩けば、それだけでも十分です。

「1時間に一度、座りっぱなしをリセットする」

そんな習慣を始めてみませんか。

腰痛は年齢だけの問題ではありません

「腰痛は年齢を重ねてから起こるもの」と思われがちですが、若い世代にも腰痛は珍しくありません。

特にオフィスワークでは、年齢にかかわらず、長時間の座位や運動不足、同じ姿勢の持続などが重なります。

女性では、月経や妊娠・出産、更年期など、ライフステージによって身体の状態が変化することもあります。そのため、「若いから腰痛とは無縁」とは限りません。

ここで、日常の座り方を一つ振り返ってみましょう。

仕事中、いつも同じ側の脚を組んでいませんか?

「脚を組むと骨盤が歪んで腰痛になる」とまで単純に言うことはできませんが、脚を組んだままなど、左右非対称な姿勢を長時間固定することは避け、ときどき姿勢を変えるようにしましょう。

また、冷房の効いたオフィスで身体が冷え、腰や背中の筋肉がこわばると感じる方は、衣服などで調整することも一つの方法です。

腰痛の原因はさまざまです

「腰が痛い」といっても、その背景はさまざまです。

腰痛の中には、腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症、圧迫骨折など、原因となる病気が明らかなものもあります。しかし、腰痛の多くは、こうした重い病気によるものではありません。

オフィスワーカーに身近なのは、長時間の同じ姿勢や運動不足、腰や骨盤周囲の筋肉への負担など、いくつかの要因が重なって生じる腰痛です。

また、肥満や喫煙などの生活習慣も、腰痛との関連が指摘されています。特に喫煙については、血流や酸素供給の低下、炎症反応などを介して、椎間板の変性や痛みの慢性化に関係する可能性が考えられています。

そして、もう一つ知っておきたいのが、心理的ストレスも腰痛の感じ方や長引き方に関係するということです。

少し意外かもしれませんが、「痛み」は腰から送られてきた信号の強さだけで決まるわけではありません。身体から送られてきた情報を脳が受け取り、さまざまな情報と統合して、私たちは「痛い」と感じています。そして脳には、痛みの信号を調整する仕組みも備わっています。

そのため、仕事上のプレッシャーや人間関係の悩み、不安、睡眠不足などが続くと、筋肉の緊張が高まるだけでなく、痛みに敏感になったり、いったん生じた腰痛が長引いたりすることがあります。

同じ身体からの信号でも、そのときの心身の状態によって、痛みの感じ方は変わり得るのです。

もちろん、これは「腰痛は気の持ちよう」という意味ではありません。

腰痛がなかなか改善しないときには、「姿勢が悪いのかな」「椅子が合わないのかな」と腰だけに原因を探すのではなく、最近よく眠れているか、疲れがたまっていないか、仕事で緊張した状態が続いていないか、と少し広い視点から自分の状態を振り返ってみることも大切です。

腰痛とプレゼンティーズム ―「仕事はできているから大丈夫」?

腰が痛いけれど、仕事を休むほどではない。

少しつらいけれど、今日も普通に出勤している。

腰痛のあるオフィスワーカーでは、むしろこちらの方が多いかもしれません。

ところが、仕事を休んでいなくても、

「腰の痛みが気になって、なかなか仕事に集中できない」

「午後になると痛みが強くなり、仕事のペースが落ちる」

ということはありませんか?

このように、出勤はできていても、心身の不調によって仕事の能率や集中力が低下している状態を「プレゼンティーズム」といいます。

つまり、「休んでいない=仕事への影響がない」とは限らないということです。

腰痛は「これくらいなら」と我慢されがちですが、毎日の仕事の中で集中力が落ちたり、作業に時間がかかったり、痛みをかばって疲れやすくなったりすれば、その小さな影響は少しずつ積み重なっていきます。

だからこそ、腰痛対策の目的は、単に「痛みをゼロにすること」だけではありません。

仕事中のつらさを減らし、できるだけ快適に、本来の力を発揮しながら働ける状態を保つことも大切です。

そのためにも、腰痛を「休むほどではないから」と我慢するのではなく、長時間の同じ姿勢を避ける、デスク環境を見直す、適度に身体を動かす、睡眠や疲労にも目を向けるなど、少し早めに身体の使い方や働く環境を整えることを意識してみましょう。

セルフケアで様子を見ない方がよい腰痛もあります

ここまでご紹介したように、腰痛の多くは重い病気によるものではありません。

一方で、腰そのものに原因があるのではなく、腎臓や尿路の病気、婦人科の病気など、別の病気の症状として腰に痛みが現れる場合もあります。

例えば、

  • 安静にしていても強く痛む、または徐々に悪化する
  • 発熱を伴う
  • 脚のしびれや力の入りにくさが強い
  • 排尿や排便に異常がある
  • 転倒などをきっかけに強い痛みが続く

といった場合には、「いつもの腰痛」と自己判断せず、医療機関へ相談してください。

また、そこまで強い症状がなくても、痛みが長く続く、繰り返す、仕事や日常生活に支障が出ている場合には、一度きちんと評価を受けることをおすすめします。

健康に働き続けるために

腰痛という身近な症状も、医学的に見てみると、椎間板や筋肉への力学的な負担だけでなく、運動習慣、仕事の環境、睡眠、疲労、心理的ストレスなど、さまざまな要素が関係していることが分かります。

だからこそ、「姿勢だけ直せばよい」「腹筋を鍛えればよい」と、一つの方法だけで考える必要はありません。

  • 長く同じ姿勢を続けないこと
  • 自分に合うようにデスク環境を調整すること
  • 日頃から無理のない範囲で身体を動かすこと
  • 腰だけではなく、自分の心身の状態にも目を向けること

まずは今日、仕事の合間に一度立ち上がって、身体を伸ばしてみる。

そんな小さな習慣から、腰との付き合い方を少し変えてみてはいかがでしょうか。

参考

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